2008年04月06日

九段会館

4月4日(金) 午後 晴れ


仕事上調べたいことがあり、昨日に引き続き、千代田区立図書館へ向かう。

今日は風があり、九段下から九段坂上にかけての靖国通りは桜吹雪が舞っていました。

九段会館080404_1.jpg


桜の波の上に浮かんだかのような、日本武道館の屋根。

九段会館080404_2.jpg


そこからもう少し左へ目を遷すと、そこには実に特徴的な様式の建物があります。

九段会館080404_3.jpg



それは九段会館。

結婚式場、レストラン、宿泊施設を備え、ホテルのように営業していますが、元々は「軍人会館」という名の、予備役、退役兵のための施設。

戦後、GHQに接収され、後に日本政府に返還されますが、政府はこれを「日本遺族会」に無償で貸与し現在に至っています。

九段会館080404_4.jpg

1934年、川元良一氏の設計からなるこの建物、何が特徴的ってやはり、その「屋根」。

胴体から足にかけては西洋の影響そのままの近代建築でありながら、首から上のデザインはまるで江戸時代の日本の城郭の屋根が乗っかったようなデザイン。

好き嫌いは別にしても人の目を捉えて話離さない奇抜さがあると思います。



この建築様式、その名も「帝冠様式」と呼ぶそうですが、九段会館にしか見られないものではありません。

名古屋市民の方々には、非常に馴染みのあるスタイルだと思います。

そう、愛知県庁や名古屋市役所って、まさに帝冠様式です。



仕事の都合で愛知に住んでいた頃、愛知県庁や名古屋市役所の前を通って、「面白い建物だなぁ」と思って見てました。

名古屋城の近くでもあることから、きっと名古屋城を模して作ったんだろうと確信していました。

「尾張名古屋は城で持つ」と言われるぐらいですからね。



もちろん大いなる早合点。名古屋城とは無関係に生まれ、大正末期から昭和初期にかけての建築物に盛んに採用された様式なのです。

当時最新のコンクリートによる工法を駆使した建物に、屋根瓦を使用した日本の伝統的な城郭屋根を載せ、折衷的な雰囲気を醸し出す奇抜さ。

日本は明治の「文明開化」を期に西洋の文物を他に優先して採り入れてきましたが、大正期以後、徐々に復古的な風潮が強まり、「日本らしさ」「日本的なもの」を求める機運が建築の世界でも生まれました。

こうした時代に生れたのが「帝冠様式」だったわけで、どれくらい盛んに採用されたかというと、国のコンペでは帝冠様式でなければまず採用されない、といったぐらいに、非常に強いトレンドだったわけです。

九段会館080404_5.jpg

この八角形のマークが九段会館の紋章なんでしょうか?

1Fの入り口の鉄の門扉(日中は開いてます)などにも配されています。

九段会館080404_6.jpg

細く、縦にすーっと伸びる窓。

そして印象的なのが、仮面ライダーのマスクのような顔。

これ、北面に向けての魔除なんだそうです。

九段会館080404_7.jpg

一時代を築いた帝冠様式も、戦後には全く省みられなくなりました。

その興隆期が日本が15年戦争へ突入していくのと時代が重なってしまったため、国粋主義・軍国主義を象徴し連想させるものとして、暗黙に、あるいは条件反射的に拒否されるものとなったのです。

ですが、

時代の先端をいくテクノロジーを取り入れながら、そこに非西洋的な日本の伝統的美意識を融合させ、新たな文化を、新たな価値を生み出す・・・

まさに、日本人、日本文化の特性を語る上でとても重要なファクターが、帝冠様式にはあります。

時代を象徴するこうした建築物は、いつまでも大切に遺していかなければなりません。

posted by CoMagi at 13:30| 東京 晴れ| Comment(1) | TrackBack(0) | 歴史ある佇まい | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
九段会館ですね。
私は、ここは、なぜか通過してしまいましたね。
本当にいい建物なんですよ、でも、
桜見にとか、武道館とか、仕事とかで、
素通りしちゃってますね。
もったいないです^^;;
Posted by フチコマ at 2008年04月08日 01:09
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